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主日礼拝  「父の思い」 2016年2月14日


 松下 信 牧師
サムエル記第二18章1節-33節
アブシャロムの謀反によって王の座を追われたダビデは、ギルアデのマハナイムに逃れ、そこで
態勢を立て直しました。 ダビデは軍勢を率いてイスラエルと戦うために隊を三つに分け、三人の
司令官たち(ヨアブ、アビシャイ、イタイ)を任命しました。 ダビデは「若者アブシャロムをゆるやか
に扱ってくれ」(5節)と命じて、家来たちを戦場に送り出しました。


Ⅰ.わが子の死を嘆く父
ダビデの家来たちに出会ったとき、アブシャロムは騾馬に乗っていました。 騾馬が大きな樫の木
の下を通りかかったときに、彼の頭が樫の木に引っ掛かり、彼は宙づりになりました。 主を畏れ
て、だれもアブシャロムに手を下すことができませんでした。 しかし、ヨアブは槍でアブシャロムの
心臓を突き通しました。 アブシャロムの訃報を聞いたダビデは身震いして、門の屋上に上り、そこ
で泣きました(33節)。 ダビデは息子に非常に甘い父親であり、アブシャロムを惜しんで嘆き哀し
みました。


Ⅱ.国を守るために冷酷無情に徹するヨアブ
主はアブシャロムの罪を厳しくさばき、民たちを用いて「森の中の深い穴に投げ込み」(17節)まし
た。 彼は墓に丁重に葬られることはなく、神に呪われた者となりました。 将軍ヨアブは冷酷無情
にアブシャロムをさばきました。 それは王国を守るためでした。 ヨアブはアブシャロムが王の器で
はないことを見抜き、容赦なく彼を葬りました。 それが ダビデを哀しませ、怒らせることであると
知りながらも(20、22節)、王国のためにそうしました。 アブシャロムさえいなくなれば、王権はダ
ビデに戻り、イスラエルは平和になると確信していました。


Ⅲ.民によって支えられ王国
国は一人の王によって治められているのではなく、王の周りにいる家臣たちの知恵と力によって
支えられています。 王が一人で治めている国は問題があります。 独裁者がひとたび不健全な状
態に陥るなら、国は滅びに向かって転げ落ちて行きます。 独裁者は誰の言葉にも耳を傾けない
からです。 生身の人間として愚かな姿を露わにしているダビデですが、神さまは契約のゆえに祝
福しています。彼はイスラエルの王として再び民たちに迎えられていきます。


【 結 論 】
教会という共同体のかしらはイエス・キリストです。
群れを支えているのは牧師一人ではなく、教会のメンバーである教会員一人ひとりなのです。
主に信頼し従う者は、豊かに祝福されます。 この世において、教会は困難を経験していますが、
決して滅びることはありません。 やがて終わりがやって来ますが、そのときに教会は滅びるの
ではなく、しっかりと建て上げられます 。  一人ひとりは弱い者ですが、キリストにしっかり結び合
されていくなら、最終的に勝利者とされます。
神の国で永遠に主をほめたたえることのできる者は、何と幸いな人でしょうか。

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