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主日礼拝 イエスから目を離さないでいなさい 2019年4月14日

 松下 信 牧師
マタイの福音書14章22節-33節
Ⅰ.イエスから目を離したペテロは・・・・
 夕方、舟は湖の真ん中にあり、イエスさまだけが陸地におられました。 夜明けが近づいた頃、
主は湖の上を歩いて弟子たちの舟のそばを通り過ぎるつもりでした。 弟子たちは幽霊だと思い叫び
声をあげました。「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言って、主は彼らの恐怖
心を取り除かれました。ペテロは自分も湖の上を歩きたいと思いました(28,29節)。
 「来なさい」との主のお言葉を信じて、その方向に歩いて行くペテロでした。神の御子であられる
お方が力を注いでくださったので、彼は水の上を歩くことができました。 彼の力ではなく、神の力
によることは明らかでした。 イエスさまだけに目を注いでいればよかったのに、彼はそれから目を
そらし強風を見て怖くなりました。 イエスさまは沈みそうになったペテロの手をつかんで彼を助け、
「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」 と言われました。 そして二人が舟に乗り込むと、風はやみ
ました。舟の中にいた弟子たちは 「まことに、あなたは神の子です」(33節)と告白して主を礼拝
しました。

Ⅱ.信仰の創始者であり完成者であるイエス
 「イエスから、目を離さないでいなさい」 と、ヘブル人への手紙の著者は勧めています(へブル
12:2)。 イエスさまは信仰の創始者であり完成者です。 信仰の創始者であるとは、イエスさまが
新約時代の人々と同様に旧約時代の人々にとっても 「信仰の創始者」 であるということです (申
命記18:18参照)。 旧約時代の人々の信仰を導いた方は、天地万物の創造の初めから存在してお
られる神の御子(イエス・キリスト)です。
 このイエス・キリストは私たちに信仰を与え導かれるお方なのです。 またイエスさまが導かれる
信仰の道は、彼によって完成された道でもあります。そして、イエス・キリストの生涯は、父なる
神に対する信仰と信頼によって貫かれた道です。ゲツセマネの試練の中で、イエスさまは父なる神
を信頼して十字架の道を選び取りました。 しかし十字架を取り巻く人々のキリストに対する態度は
あざけりそのものでありました。 この恥を、キリストは神の御旨に従う者が受けるべきものとして
忍ばれました。 人々のあざけりの言葉は辛辣 (しんらつ)であり、キリストの心を突き刺すもの
でした。 キリストは父を信頼することによって、この屈辱に耐え忍ばれたのです。

Ⅲ.イエスを信じ、信頼する
 人生は試練の連続です。 この荒波を乗り越えていくために必要なことは 「イエスから目を離さな
い」 ことです。「イエスを信じ、信頼する」ことです。イエスさまは父なる神を信じ、信頼するゆ
えに、十字架の辱めをものともせずに父の御心に従われました。 天の御座に着座されることを信じ
喜び望んで、十字架の苦しみを耐え忍び、父の御心に従順に従いました。
 私たちもイエスから目を離さないで、主の御心に従いましょう。
主イエスを信頼して、天の御国の祝福にあずかろうではありませんか。

【 結 論 】  
 イエス・キリストの受難を覚え、感謝をおささげ致します。 また十字架の贖いの恵みの偉大さを
覚え、主を賛美いたします。
 新年度、イエスから目を離さないで、一歩一歩前進して参りましょう。
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