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主日礼拝

(第2アドベント)
「アダムにある罪と死」 2020年12月6日

 松下 信 牧師
創世記 2章16節-17節  
ローマ人への手紙 3章10節-12節
 今朝は「アダムにある罪と死」について考えます。神である主は、人間を造られたとき、「よい
者・完全なもの」として創造されました。神が人間を造られたとき、人間の本性(ほんしょう)の中
に罪はありませんでした(伝道者の書7:29参照)。

1.アダムにある罪と死
 神は天と地とその万象を完成された後(あと)で、神が形づくられた人を「エデンの園」に置き、
そこを耕させ、守らせました。そこには見るからに好ましく食べるのに良いすべての木が植えられて
いました。園の中央には、『いのちの木』と『善悪の知識の木』も植えられていました。
神はエデンの園に植えられていたどの木からでも、自由に取って食べることをお許しになられました。
 しかし、『善悪の知識の木』から実を取って食べることを禁止されたのです(創世記2:17)。
その木から食べる時、アダムは必ず死ぬことを神は知っておられたからです。しかし、彼は蛇に誘惑
されたエバと共にその実を食べました。アダムとエバが神の命令に背いてその実を食べたことに
よって、彼らは①目が開かれ、②神のようになり、③善悪を知る者となりました。
アダムは神に対して罪を犯し堕落してしまいました。彼が神に対して犯した最初の罪を『原罪』と言
います。
 原罪とは不信仰です。彼は神を信じることができませんでした。また原罪とは神に対する高慢と
敵意です。アダムは、「その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ」との神のことばを信ぜず、
「あなたがたは決して死にません」(創世記3:4)との蛇のことばを信じました。神に対する高慢
な思いや敵意さえ生じていました。この罪によってアダムは死ぬものとなりました。彼は神から離れ、
霊的に死んだ者ともなりました。

2.受け継がれた罪
 アダムの堕落した性質はすべての人間に受け継がれ、人類は罪あるものとなりました。私たちが
生まれながらに罪人であるということは、聖書が証言しています(詩篇51:5参照)。
パウロはローマ人への手紙3:10-12節で次のよう語っています。「義人はいない。一人もいな
い。 悟る者はいない。神を求める者はいない。すべての者が離れて行き、だれもかれも無用の者と
なった。 善を行う者はいない。だれ一人いない。」

3.無力な人間に遣わされた救い主
 厄介なことに、私たちの内にあるこの罪は、自力では取り除くことができません。どんなに努力し
修行を重ねても、非常に高価な代償を支払っても、罪から解放されることはありません。パウロは
自分が無力な存在であることを正直に告白しています(ロマ7:18-21) 罪からの解放は一方的に
神から来るものです。神が私たちを救い出し、罪を解決してくださるのです。ですから、私たちは神
に敵対してはならないのです(ヨハネ6:44)。罪に対して無力な私たちをお救いくださったお方が
イエス・キリストであります。 それゆえに、私たちは救い主のお誕生をこよなく待ち望むのでありま
す。

【 結 論 】
 私たちを罪から救い出してくださるお方は、イエス・キリストお一人だけです。十字架の上で私た
ちの罪を背負い、身代わりとなって死んでくださったイエスさまの誕生をお祝いするクリスマスはも
うすぐです。この救い主を心から待ち望みましょう。 (ヨハネ14:6)

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