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主日礼拝
「仕える喜び」 2017年11月5日

 松下 信 牧師
ローマ人への手紙 12章9節-12節
今朝は「神に仕えることは喜びである」という真理をお伝えします。

Ⅰ.奉仕とは、愛するがゆえに無条件に仕えること
 「奉仕」とは愛する方を喜ばせる贈り物です。私たちは、私たちを救ってくださった方に命さえも
おささげしたいと願っています。 その一方で、社会生活で仕事・勉学・様々な働きに追われて疲れ
果ててしまい、クリスチャンであっても、イエスさまに対する優しい心を見失っていくのではないでし
ょうか。
 働くのは嫌だ、働きたくないと考えるのは、ある意味では当然のことかも知れません。 聖書の教
えによれば、「労働」 は、神さまのさばきの結果もたらされた呪いであるからです。 アダムとエバ
が神さまの命令に背いて善悪の知識の木から実を取って食べたことによって、人類は 「産みの苦
しみ」 と 「耕作の苦しみ」を授けられました(創世記3:16-19)。呪いとしてそれを受けたのです。
 
 奉仕することは、苦しんで食を得る働きとは全く違うものです。 苦しんで食を得ることは、すべて
の人間に与えられている権利、使命、責任、義務であり、奉仕は信仰者だけに与えられている権
利、使命、責任、義務だからです。 イエス・キリストを信じている者たちは、礼拝・賛美・感謝・従
順・奉仕などを主におささげするのです。 クリスチャンは、「愛をもって神さまに仕える奴隷である
」と言っても過言ではありません。 キリストの奴隷であるクリスチャンたちは、キリストを愛するが
ゆえに無条件に神に仕えています。 報いを期待していないと言えば嘘になるかも知れませんが、
たとえ報われなくてもキリストに仕える人々はいるのです。 なぜなら、クリスチャンは、ほかに比べ
ようがない高価で尊い祝福を、主から受けているからなのです。

Ⅱ.「永遠のいのち」という計り知れない恵み
 神さまが私たちに与えて下さった最高の祝福は、何と言っても「永遠のいのち」です。
その価値を私たちはあまりにも知りません。 行方不明になっていたレオナルド・ダ・ヴィンチが描
いた 「サルバトール・ムンディ(救世主)」 が、このたびニューヨークのオークションにかけられるこ
とになりました。 落札額は1億ドル(約112億円)前後で、史上最高値が付くとみられています。
びっくりです。・・・しかし、ひとりの人の命が救われたことは、それ以上の価値があるのです。・・・
そればかりか、忠実にイエスさまに従っている者は、この世でも計り知れない祝福を受けます。
 たとえ強制されてでも、私たちはイエスさまに仕えるべきです。 クレネからやって来たシモンは、
無理矢理にイエスさまの十字架を背負わされました。 何という災難でしょうか。 しかし彼は従順に
従い、悲しみの道を十字架を背負いゴルゴタの丘にまで行きました。 クレネ人シモンは、のちにイ
エスさまを信じ、その子どもたちからイエスのために誠実に従う弟子 (クレネ人ルキオなど)が起
こされてゆきました。 何という大いなる恵みでしょうか。

【 結 論 】
 最高かつ最善の奉仕とは礼拝であります。 心を尽くして礼拝をささげ、愛をもって主に仕えてま
いりましょう。 真心から主に仕えるとき、心から喜びが沸き起こってくる経験をされるに違いありま
せん。 「勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。」(ローマ12:11)  

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