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主日礼拝
「喜べ、祈れ、感謝せよ」 2018年2月4日

 松下 信 牧師
テサロニケ人への手紙第一 5章16節-18節
 私たちの教会にとって励ましとなり支えとなっているみことばが、今朝のテサロニケ人への手紙
第一5章16節~18節のみことばです。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。
     これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」


Ⅰ.呼吸するのと同じように  
 パウロは「絶えず祈るように」と勧めています。 絶えずという意味は、切れ目なく連続することで
す。 文字どおりと考えるなら、一日中祈り続けなければなりません。 パウロが意図したことは、ど
んなときにも呼吸をするのと同じように祈りを絶やさないように、であります。
 祈りとは信徒の日常生活に伴うものであって、生活の節目ふしめで神を見上げて感謝し、賛美
し、祈りなさい、ということではないでしょうか。 朝起きた時に、目覚めさせてくださった神に感謝
し、食前に、食糧を与えてくださった神に感謝します。 仕事をしながら、今日も元気で働くことが
できる恵みを覚えて感謝し、床に就くとき、一日守ってくださった神に感謝と賛美をささげます。
祈れない時もあるでしょう。神を忘れるほど何かに没頭することもあるのではないで しょうか。

Ⅱ.無意識に日常生活に根差す  
 祈りはかなえられるから祈るものではありません。 かなえられても、かなえられなくても祈るので
す。 祈りは呼吸と同じように、無意識に私たちの日常となることです。 いつもイエスさまの愛を感
じるなら感謝することができます。 生かしてくださる神を知り、今のいのちの恵みを知れば知るほ
ど、主をほめたたえざるを得なくなります。
不足を嘆くのではなく、与えられている恵みを数えて感謝し、神を崇めようではありませんか。  
祈りは神との交わりの手段です。語りかけて、神の答えを待つ。 ・・・そうすれば、神は具体的な
恵みをもって応えてくださいます。 また聖書のみことばをとおして、応えてくださいます。 みことば
を心に豊かにたくわえている人は、神との交わりは濃く深くなり、友達のように絶えず祈り感謝し
賛美する生活へと、変えられるに違いありません。 喜びも感謝も祈ることと共にあります。 それら
は祈りとひとつです。
 祈りとは呼吸のようなものであり、私たちが生きている限り、当然のように行われる日常の営み
なのです。

Ⅲ.賜物としての特権を用いよう  
 人間として与えられている「祈り」という賜物を生かさないということは、何ともったいないことでは
ないでしょうか。 神さまと交信することができる、神さまと意思の疎通ができる、神さまと友達のよ
うに語り合える。 ・・・こんな素晴らしい特権をいただいているのですから、与えられているこの道
具をもっと有効に用いようではありませんか。

【 結 論 】  
 喜びと感謝は、みことばを実践する人のうちにもたらされます。 私たちも呼吸するように祈ろう
ではありませんか。 そうすれば、心の中に喜びと感謝が満ち溢れ、主の祝福を実感するに違いあ
りません。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
     これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
                                        (Ⅰテサロニケ5:16-18)
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