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主日礼拝
「希望をもって進もう」 2018年3月4日

 松下 信 牧師
へブル人への手紙 12章2節
 Ⅰ.信仰の創始者、完成者
 イエス・キリストはどのようなお方でしょうか。 「イエスは信仰の創始者であり、完成者である」 と
聖書は紹介しています。 信仰の創始者とはイエスが信仰の初めそのものであるからです。
 イエスは天地万物を造られた神の御子であり、人間も造られました。イエスはすべての被造物を
愛し祝福されました。 人類を罪と死と滅びから救い出すために、十字架にいのちをささげて贖い
を成し遂げられました。 信仰の完成者とはイエスが信仰を完成されたお方であるからです。復活
されたイエスは世の終わりに再び来られて、信じない人々を永遠の滅びに定められます。 また神
の国を完成し、信じる人々をそこに招き入れます。

Ⅱ.イエスを仰ぎ見る
 視野が狭く思慮に欠ける私たちは、目を上げていつもイエスを仰ぎ見ない限り、正しい道に歩む
ことはできません。 思い通りにならない時、私たちはその事実を嘆き、悲しみ失望するのです。
・・・・でも、物事が自分の思い通りにならないときこそ、自分自身を見つめ直す絶好の機会なので
はないでしょうか。

Ⅲ.十字架を忍ばれたイエスに習う
 2節の後半をお読みします。 「イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめ
をものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」
(へブル12:2)  
 イエスにとって十字架は喜びだったのでしょうか。 いいえ、苦しみでした。 激しい痛みと辱めを
受けるものでした。 どうして苦しみを受けることができたのでしょうか。 彼は父に愛され信頼され
ていました。 また彼も父を愛し信頼していました。 ですから、父に従うことは喜びであり、その結
果としてもたらされた贖いの成就は、彼にとって大きな喜びでありました。 さらに、苦しみの後にも
たらされた栄光は、父に従順であった御子にもたらされた祝福でした。  
 成長するために必要なのは、試練を通ることなのです。 成熟したキリスト者にさせるために、神
は愛する者たちを崖から投げ落とすこともいといません。 キリスト者は苦しみを通り、喜びと希望
という祝福を手にすることができるのです(へブル12:7-11参照)。

【 結 論 】
 本日は2018年度教会総会が開催されます。 総会自体が目的ではありません。 新しい一年が
実り豊かな歩みになるようにと、祝福を求めるときです。 相集い意見交換し祈り合う。 主に感謝
と賛美をおささげするなかで、教会が一つ心にされていく大切な機会です。
 その歩みも人生と同じように平坦ではありません。 荒波に翻弄される試練の航海のようなもの
です。 いかなる状況にあろうとも、忘れてならないのは、イエス・キリストを見上げて、このお方に
目を留め続けることです。 それは、また彼にとどまることでもあります。 希望をもって進んでまい
りましょう。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分
の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右
に着座されました。」
(へブル12:2)
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