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「試練に耐える人の幸い」 2009年12月6日


松下 信 牧師
ヤコブの手紙1:2−4,12
日本ではここ10年間、毎年3万人以上の人々が自ら命を絶っています。
何と多くの人々が生きることに悩み苦しんでいることでしょうか。 生きることは本当に大変
なことです。 すべての人が幸せになりたいと思っています。 だれでも楽をしたいし、試練
に会いたくないのです。


しかし、ヤコブはみんなが嫌がる試練を喜んで受け止めるようにと、勧めています。
「試練をこの上もない喜びと思いなさい」
と命じています。 何とおかしな話でしょうか。
何と不思議な教えでしょうか。 ここに、この世の価値観とは全く異なる信仰のすばらしさ
が明らかにされています。  このヤコブの手紙を読むと、当時のユダヤ人キリスト者たち
が、個人生活においても、教会生活においても、問題を抱えていたことがわかります。


それは試練であり、さらに罪への誘惑でした。 金銭への欲望、権力争い、舌の用い方、
神のみことばへの不従順、世俗主義などでした。 当時の信徒たちが抱えていた問題は、
みことばを実践していないことでした。 自分の告白している信仰どおりに歩むことができ
なかったのです。 
「行いの伴わない信仰がいかにむなしいか」 ということを、ヤコブはこの手紙をとおして
言いたかったのです。 個人生活や教会生活の中で抱えているさまざまな問題から目を逸
らさないで、逃げないで、それに立ち向かい闘い、忍耐し、ひとつひとつの問題を解決して
ゆくときに、私たちは人間として成長することができるのです。


試練の最中にある時は、とても辛いです。 苦しくて苦しくて我慢できず、逃げ出したいと思
うでしょう。 しかし、そこで歯を食いしばって耐えることを学び、じっと身を潜めて嵐の過ぎ
去るのを待つうちに、思いがけない青空と太陽の輝きに遭遇するのです。
きっとできる、いや必ずできると、ヤコブは信徒たちを励ましています。 これが私たちの
信仰の強さではないでしょうか。 不可能と思わず、必ずそうなると信じて、神の救いを待
つのです。 
信仰によって、神さまの助けをいただいて、兄弟姉妹と共に励まし合い祈りあう中で、想像
もしなかった大きな知恵や力、勇気や希望を受け、立ち上がることができるのです。


【 結 論 】
主は、自ら進んで十字架の試練に耐え忍ばれました。
その苦しみに耐え抜いた結果、主が獲得されたものは勝利であり、贖いの完成であり、そ
の身に栄光を着られることでした。
私たちに約束されている祝福は 「いのちの冠」です。 成熟し、永遠のいのちの喜びに
満たされることです。 人間にとって、主から 「いのちの冠」 を受ける以上の栄誉は
ありません。 「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜び
と思いなさい。 信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知って
いるからです。 その忍耐を完全に働かせなさい。 そうすれば、あなたがたは、何
一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。
試練に耐えた人は幸いです。 耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約
束された、いのちの冠を受けるからです。」
(1:2−4,12)


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